企 画 展
「パナマ運河−写真で見る閘門式運河」開 催 記

はじめに

 平成11年5月15日から6月13日の間、本館第2展示室において、企画展「パナマ運河−写真で見る閘門式運河−」を開催しました。今回の企画展の開催は昨年11月に駐日パナマ共和国大使から土屋義彦知事あてに一通の書簡が送られたことに端を発します。
 その内容はパナマ運河が1999年12月31日の正午をもってパナマ共和国の全面管理となることを記念して、埼玉県で写真展を開催して頂けないか、という内容でした。きめ細やかな国際交流を推進する土屋知事は、この企画を積極的に引き受け、本館で開催する運びとなりました。
 パナマ運河と当館のメインテーマである荒川との関連については、唯一人の日本人としてパナマ運河の建設に参加した青山 士(あおやま あきら)が、帰国後にその技術を活用して荒川放水路の建設を指揮したという深い縁があります。
 また、パナマ運河に先立つこと183年前に完成した閘門式運河で、浦和市に所在する国指定史跡「見沼通船堀」も合わせてご紹介することとなりました。

これからのパナマ運河

 企画展では、パナマ運河建設から完成までの歴史的経緯をパナマ共和国から送られてきたオリジナル写真でご紹介しましたが、今回は現在の運河の状況、問題について簡単にご説明します。
 近年は1日平均37隻、年13,000隻以上の船舶が運河を通航しています。運河通航の最大のメリットは輸送時間の短縮です。南米大陸南端のホーン岬を廻って太平洋から大西洋に航行するかわりに、運河を通航すると約21日も短縮できるのです。全長約80kmの運河通航の所要時間は約9時間です。現在、日本はアメリカに次ぐ量の貨物を運河経由で輸送しており、日本にとっても最重要航路の一つです。
 しかし1914年の運河開通以来、85年が経過し、建設時には予想だにしなかったほど世界の海運業は発達しました。新聞などに時々掲載される第二
ガツン閘門の建設風景(1913年)
パナマ運河には計3カ所の閘門があり、この写 真は大西洋側にあるガツン閘門です。太平洋側 へ向かう時は3つの閘室で計26m船舶を上昇さ せます。    
ガツンにて設計する青山 士
1904年にパナマ運河建設に着手した青山は、当 初は見習い技師でしたが、次第に実力を認めら れ、ガツン閘門の重要部分の設計を任せられる ほどになりました。      
ガツン閘門の第1回稼働試験(1913年)
閘門の最初のテストが実施され「ガツン号」が 閘門通過の第1号となりました。翌年「アンコ ン号」が開業初航行を行い、パナマ運河は10年 の歳月を経て完成しました。 
 

パナマ運河構想では、スーパータンカーの通航が可能なように海面と同じ高さの水平式運河が考えられています。しかし、太平洋と大西洋との水面の高さが異なる(満潮時は太平洋が約3m高い。干潮時は大西洋が約3m高い。)ことから強い潮流発生の危険性、さらには両洋間での生態系の変化が危惧されています。さらには運河周辺の熱帯雨林の保護も課題に挙げられています。
 自然環境と人間の利便性との共生が時代的要請であることは、世界流通の要であるパナマ運河であっても、決して避けては通れない大きな問題なのです。

〜パナマ大使、来館する〜

 今回の企画展の開場式を5月14日に行いました。駐日パナマ共和国大使ホセ・ソサ氏をはじめ、多くの来賓の御臨席を賜り、寄居中学校吹奏楽部のみなさんによるパナマ国歌演奏のもと、テープカットをおこないました。
 大使一行は本館をご見学後、小川伝統工芸会館にて埼玉県の伝統工芸である小川和紙の紙漉き体験をされました。

〜パナマ運河を通った人々から〜

 企画展がオープンすると、パナマ運河通航の御経験のある外国航路の元船長さんなど数名の方から通航時の貴重なビデオや、パナマ運河に関する新聞の切り抜き、またはご執筆されたパナマ運河の歴史的背景に関する玉稿など、多くの貴重な資料、ご助言を頂きました。この場をお借りしてお礼申し上げます。特に通航時の詳細な安全対策等、通航した方でなければ知ることのできない情報も多数あり、展示解説などで参考にさせていただきました。中には運河通航時に乗り込む現地の作業
企画展示室 建設当時のオリジナル写真計35葉、現在の運河 の写真計7葉、青山 士関連資料、見沼通船堀 関連資料などを展示しました。       


員は、日本国籍の船中ではカレーばかり食べさせられるとこぼしていた、など楽しい(?)エピソードも数多くあり、ややもすると運河の機能的側面にのみ目がいってしまいがちですが、安全管理のために日々努力する人々の日常を垣間見た思いがしました。
 企画展の終了後も、建設以来最大の転換期にさしかかったパナマ運河に注目して、資料収集などに努めていきたいと考えています。
 最後になりましたが、本企画展の開催に際し、多くの方々のご協力を賜りましたことにお礼申し上げます。 

(学芸第二課 学芸員 佐藤 康二)


川をめぐることば

河川の長さ


 荒川の長さは173kmです。この数字は「かわはく」を訪れた多くの人が知っています。
 では、河川の長さはどうやって決めるのでしょうか?どんなふうに測るのでしょうか?荒川総合調査の中で、管理者(荒川の場合は建設省)が決める「起点」の他に新たに「源流点」を決めました。前号の「荒川大模型173」の記事で紹介したように「起点」から「河口」までの長さを「川の長さ」としています。また川の長さは、測量して決めるのではありません。意外に思うかもしれませんが、地形図上で測って決めています。
 また、地図を見ると、川幅は常に変化し、右岸と左岸で長さの違いがあることや、上流で1本線の川が途中から2本線の川になっていたりして、地図上をどうやって測ったのか、また新たな疑問が生まれてきます。
 実は、大縮尺の地図を用い、河川の流心(河川の中心)の長さを測り、その長さを河川の長さとしています。
 ちなみに荒川の長さは、埋め立てがすすみ、昭和63年(1988)に169kmから173kmに伸びています。

(学芸第一課 主査 久保田 郁夫)

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